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福岡地方裁判所 昭和44年(行ウ)31号 判決

北九州市小倉区大字長行五三七番地

原告

西田稔夫

右訴訟代理人弁護士

井上勝

北九州市小倉区三萩野内の堀一〇四八番地

被告

小倉税務署長

山口猛

右指定代理人

中島亨

神田正慶

小林淳

大神哲成

佐伯勝利

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

「原告の昭和四二年度分所得税の更正請求に対し、被告が昭和四三年八月一四日付でなした更正請求棄却決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

一、原告者の請求原因

(一)1  原告は、昭和四三年三月一四日、被告に対し、原告の昭和四二年度における総所得金額は、給与所得金七四万九、五一一円、譲渡所得金四一八万九、〇〇〇円合計金四九三万八、五一一円である旨の確定申告をした。

2  ところで、原告は、同年五月一日、被告に対し、右所得金額を金七四万九、五一一円(譲渡所得金四一八万九、〇〇〇円を削除)とする旨更正請求をしたところ、被告は同年八月一四日付で、右金四一八万九、〇〇〇円は非課税所得には該当しないことを理由に、右請求を棄却する旨決定し、原告にその旨通知した。

3  そこで原告は、同年九月一六日、被告に対し右処分に対する異議申立をなしたが、被告は同年一二月一四日付で右申立を棄却する旨決定し、更に原告は、翌昭和四四年一月一三日、福岡国税局長に対し審査請求をなしたが同局長は同年四月一九日付で右請求を棄却する旨裁決しその旨原告に通知した。

(二)  しかしながら、被告のなした本件更正請求棄却処分は、以下述べる理由により違法であつて、取り消されるべきである。

1 原告は、社会福祉法人訴外双葉会の理事長であり、双葉会の経営する養護施設双葉学園の園長の職にあるものであるが、双葉学園は、昭和二〇年戦災孤児収容所として原告の父亡西田好之助が設立し、昭和二九年社会福祉法人設立の認可を受けたものであつて、生活保護法に基づく保護施設、児童福祉法に基づく児童施設としての認可を受け、常時一〇〇名前後の児童を収容しているものであるところ、同学園の園舎が老朽化したため、昭和四〇年四月、金二、五八五万円の予算で園舎を新築することになり、内金一、〇〇〇万円は一般から寄附金を募集することにした。

2 そして双葉会は、同年二七日、訴外中和建設工業株式会社との間に園舎新築工事請負契約を締結したのであるが、訴外会社が右契約に際し、双葉会の工事代金債務につき保証人をたてることを要求したため、原告は訴外会社との間に保証契約を締結した。

ただ寄附金募集の対策として理事長以外の者の保証の体裁をとるため、訴外会社との工事請負契約書には、訴外曾我薫を保証人として記載したが、訴外会社との間では原告が実質的に双葉会の工事代金債務を保証するものであることが確認されていた。

3 ところが、寄附金の募集が、募金の許可につき条件として付された昭和四二年三月の期限までに、金二九四万一、三一三円しか集らず、一方工事請負代金は、設計変更等により最終的には金二、六七七万七、三五〇円となつたため、右代金を支払うためには、補助金の交付その他の収入を合わせても、なお金四四〇万円が不足することとなつた。

4 そこで原告は、保証債務を履行するため、昭和四二年二月二七日、その所得にかかる北九州市小倉区大字長行字三段五二八番二雑種地一四、八八平方米外二筆の土地を訴外段谷不動産株式会社外一名に対し合計金一、二四五万九、〇〇〇円で売却し、その譲渡益金四四八万九、〇〇〇円の内金四一八万九、〇〇〇円をもつて、右不足額に対する弁済をなした。

5 したがつて、原告は保証債務の履行に基づく求償債権を双葉会に対し有するが。双葉会は、収益事業を営むものでないため収入がないうえ、園舎たる建物以外に資産がなく、原告の求償権行使のため建物が処分されるとすれば児童の収容は不可能となり、ひいては双葉会の社会福祉事業の遂行を不能ならしめ事業廃止に至らしめること明白であるから、原告の右求償権の行使は事実上不能に帰したものと言うべく、本件譲渡所得は所得税法第六四条第二項、第一項によつて所得がなかつたとみなされる場合に該当する。よつて、本件譲渡所得が非課税所得に該当しないことを理由に被告がなした本件更正請求棄却処分は違法であり、取り消されるべきである。

6 また、租税特別措置法第四〇条は、公益法人等に財産の贈与があつた場合には所得税法第五九条第一項第一号の規定の適用については贈与がなかつたものとみなすと規定するが、かりに原被告間に保証契約が成立しておらず、金四一八万九、〇〇〇円は、原告の本件土地処分の結果に基づく双葉会に対する寄附金であつたとしても、もし原告が本件土地を双葉会に贈与し、双葉会がこれを処分して請負代金を支払つたならば原告はなんら課税されることもなかつはずであり、単に手続が前後しただけの理由で原告が不当に課税されることは正義衡平に反し、違法である。

二、請求原因に対する被告の答弁並びにその主張

(一)  請求原因第(一)の事実は全てこれを認める。

(二)  請求原因第(二)の事実中、1の事実および3、4のうち寄附金が昭和四二年三月までに金二九四万一、三一三円しか集らなかつたこと、原告が原告主張の日に原告主張の土地を原告主張の金額で売却し、原告主張の譲渡益金を生じたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(三)  原告は、社会福祉法人双葉会がその経営する双葉学園の施設新築に際し、その資金不足を補うため、自己所有の資産を売却して、その譲渡益金四四八万九、〇〇〇円を右双葉会に贈与したものであつて、所得税法第六四条第二項による保証債務を履行するための資産の譲渡と認められる事実は存しない。したがつて、原告が、昭和四二年度分の確定申告において、右譲渡益金四四八万九、〇〇〇円を双葉会に対する寄附金として同法七八条所定の寄附金控除の計算をなしたことは正当であり、原告の更正請求に対して、更正すべき事実がないことを理由に、右請求を棄却した被告の処分は適法である。

第三証拠

一、原告

1  甲第一ないし第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証(第五号証、第一三号証は写)を提出。証人田中喜八郎、同広瀬清澄、同前田明、同常軒宏隆、同徳久登美路の各証言、原告本人尋問の結果を援用。

2  乙号各証の成立(第七ないし第九号証については原本の存在並びに成立)を認める。

二、被告

1  乙第一号証の一、二、第二ないし第九号証(第七ないし第九号証は写)を提出。証人池田修三の証言を援用。

2  甲第一ないし第四号証、第六号証、第一二ないし第一五号証の成立(第一三号証については原本の存在並びに成立)を認め、その余の甲各号証の成立は不知。

理由

一、次の事実については当事者間に争いがない。

(一)  原告は、社会福祉法人訴外双葉会の理事長であり、双葉会の経営する養護施設双葉学園の園長の職にあるものであるが双葉会は、双葉学園の園舎が老朽化したため、昭和四〇年四月金二、五八五万円の予算で園舎を新築することとし、内金一、〇〇〇万円は寄附金として一般から募集することとしたが、募集期限である昭和四二年三月までに金二九四万一、三一三円しか集らなかつた。

(二)  そこで原告は右資金捻出のため昭和四二年二月二七日、その所有にかかる北九州市小倉区大字長行字三段五二八番二雑種地一四、八八平方米外二筆の土地を訴外段谷不動産株式会社外一名に合計金一、二四五万九、〇〇〇円で売却し、金四四八万九、〇〇〇円の譲渡益金を生じた。

(三)  原告は、昭和四三年三月一四日、被告に対し、原告の昭和四二年度における総所金額は給与所得金七四万九、五一一円及び譲渡所得金四一八万九、〇〇〇円合計金四九三万八、五一一円である旨の確定申告をし、次いで同年五月一日、右総所得金額を金七四万九、五一一円(譲渡所得金四一八万九、〇〇〇円を削除)とする旨の更正請求をしたところ、被告は、同年八月一四日付で、右譲渡所得金四一八万九、〇〇〇円は非課税所得には該当しないことを理由に、右請求を棄却する旨決定し、その旨原告に通知した。

そこで原告は、同年九月一六日、被告に対し、右棄却処分に対する異議申立をなしたが、被告は同年一二月一四日付で右申立を棄却する旨決定したため、原告は更に翌昭和四四年一月一三日福岡国税局長に対し審査請求をなしたが、同局長は同年四月一九日付で右請求を棄却する旨裁決し、その旨原告に通知した。

二、原告は、訴外双葉会が昭和四〇年四月二七日その経営する双葉学園の園舎新築工事について訴外中和建設工業株式会社との間に工事請負契約を締結した際、訴外会社との間に双葉会の負担すべき請負代金債務について保証契約を結び、その保証債務の履行として前記譲渡益金の内金四一八万九、〇〇〇円を支払つた旨主張するので判断するに、右主張事実中、双葉会が昭和四〇年四月一七日ごろ訴外会社との間に双葉学園の園舎新築工事について工事代金を二、六七七万七、三五〇円とする工事請負契約を締結したことは、成立に争いのない甲第四号証、第六号証、証人前田明並びに原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人田中喜八郎、同前田明の各証言および原告本人尋問の結果によりこれを肯認することができるけれども、原告が訴外会社との間に保証契約を締結したとの事実について、当裁判所が後記の理由によつて採用しない証人前田明の一部証言及び原告本人尋問の一部結果を除いてはこれを認めさせる証拠がない。

即ち、前記甲第五証、成立に争いのない甲第一三号証、第一五号証、証人田中喜八郎の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第九ないし第一一号証、証人田中喜八郎、同前田明の各証言および原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く)を総合すると、双葉会と訴外会社の間に工事請負契約が締結されるに際し、原告は訴外曾我薫に同人が双葉会の工事代金債務を保証して欲しい旨依頼し、その結果、曾我と訴外会社との間に保証契約が締結されて、その旨の契約書が作成されたこと、ところが一般から募集する予定であつた寄附金一、〇〇〇万円は、昭和四二年三月までに金二九四万一、三一三円しか集らず(この点については当事者間に争いがない)、工事代金を支払うためには、補助金の交付を合わせてもなお金四四〇万円が不足したため、原告は、昭和四二年二月二七日、その所有にかかる北九州市小倉区大字長行字三段五二八番二雑種地一四、八八平方米二筆の土地を訴外段谷不動産株式会社外一名に合計金一、二四五万九、〇〇〇円で売却し(この点については当事者間に争いがない)、その譲渡益金のうち金四四〇万円を双葉学園の園舎新築のための寄附金として双葉会に寄附し双葉会が右金員を工事代金として訴外中和建設工業株式会社に支払つたことが認められ、右認定に反する前田明の証言及び原告本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆えして原告の前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

三、なお原告は、原告が本件土地を直接双葉会に贈与した場合には租税特別措置法の適用を受けたにもかかわらず、たまたま原告がまず本件土地を売却した後、その譲渡益金を双葉会に贈与した場合には右規定の適用を受け得ないとするのは、単に手続的に前後しただけで不当に課税される結果となり、正義衡平に反する旨主張するが、同法第四〇条の規定は所得税法の定める資産の譲渡所得の規定の例外的課税措置を定めたものであるから、その文理に即して厳格に解しなければならないことは当然というべきところ、租税特別措置法第四〇条にいう「財産」の概念の中に金銭が含まれないことは、同規定が譲渡所得に対する特別規定であることに徴して明らかであり、しかも同法第四〇条第二項によれば贈与された財産は原則として法人の事業の用に供されなければならないのであつて、これが事業の用に供されないこととなつた時は、承認(非課税となるためには大蔵大臣の承認が必要である。)が取り消され、あらたに譲渡所得の課税を受けることがあり得るのであるから、原告が本件土地を直接双葉会に贈与した場合には当然租税特別措置法の適用を受けることを前提として被告の処分を非難する原告の主張は失当で採用の限りではない。

四、そうすると本件譲渡所得につき所得税法第六四条第二項第一項の適用ありとする原告の主張はその余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田富士也 裁判官 吉武克洋 裁判官 内藤紘二)

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